国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の長瀬 知輝 博士前期課程学生(当時)、川口 由紀 教授、田仲 由喜夫 教授、名古屋大学未来材料・システム研究所の石田 高史 助教、長尾 全寛 准教授、桑原 真人 准教授、齋藤 晃 教授、五十嵐 信行 教授らの研究グループは、名古屋大学超高圧電子顕微鏡施設の透過型電子顕微鏡にローレンツ電子顕微鏡法を適用して、磁性体において、様々な物理学分野で存在が予測されてきた「ドメインウォール・スキルミオン」と呼ばれる状態の観測に成功しました。
「ドメインウォール・スキルミオン」とは欠陥の一つであり、これまで理論的に提唱されてきましたが、明確に観測されたことはありませんでした。
研究グループは、ローレンツ電子顕微鏡を用いて、磁性薄膜の磁気構造を調べたところ、正味の磁気モーメント注1)が揃った領域(磁区)が隣接している境界(磁壁注2)・ドメインウォール)において、「トポロジカル磁気構造」注3)の一つである「スキルミオン」が鎖状に配列して磁壁の役割を担っている状態、「ドメインウォール・スキルミオン」を直接観測しました。
本研究は、様々な物理学分野の進展が期待されます。また、磁性体中の「ドメインウォール・スキルミオン」は磁壁に沿って電流誘起駆動注4)が予測されており、磁区を制御することで、情報担体とみなせる「スキルミオン」の駆動経路を設計できる可能性があります。
本研究成果は、2021年6月9日18時(日本時間)付英国科学誌「Nature Communications」に掲載されます。
本研究は、科学研究費助成事業(18K04679, 15K17726, 19H01824, 18K03529, 17H02737, 17K14117, JP15H05853, 20K20899)、ナノテクノロジープラットフォーム事業、未来社会創造事業(JPMJMI18G2)、CREST(JPMJCR16F2)、先端研究基盤共用促進事業、村田学術振興財団の支援のもとで行われたものです。
【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Observation of domain wall bimerons in chiral magnets
著者:長瀬知輝1*, 肖英紀2, 安井隼太2, 石田高史1,3, 吉田紘行4, 田仲由喜夫1, 齋藤晃1,3, 五十嵐信行1,3, 川口由紀1, 桑原真人1,3* , 長尾全寛1,3*
所属:1. 名古屋大学大学院工学研究科, 2. 秋田大学大学院理工学研究科, 3. 名古屋大学未来材料・システム研究所, 4. 北海道大学大学院理学研究院
*責任著者
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-021-23845-y
【研究者連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所
准教授 長尾 全寛(ながお まさひろ)
E-mail:nagao.masahiro[at]imass.nagoya-u.ac.jp
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- 磁性体中で、理論的に予測されていた「ドメインウォール・スキルミオン」の直接観察に成功。
- この観測の成功は、様々な物理学分野で進展が期待される。
- 「スキルミオン」の電流駆動経路を制御ですることで、磁気メモリなどへの応用の可能性がある。
【研究背景と内容】
欠陥は、宇宙規模から原子スケールに至る様々なシステムにおいて見られる、普遍的な存在です。欠陥の性質や成因を明らかにすることは、そのシステムの物理的本質を解明する鍵となり、欠陥の制御は応用上重要な課題となっています。そのため、欠陥は様々な分野で長年に渡って研究されてきました。
秩序化した領域同士の境界に現れる「ドメインウォール」は、代表的な欠陥の一つとして知られています。例えば、図1のように、磁性体中では磁気モーメントが揃った微小な領域(ドメイン:磁性体では磁区と呼ばれている)に幾つも分かれており、隣接する磁区と磁区の境界が「ドメインウォール」です(磁性体では「磁壁」と呼ばれている)。磁壁は電流で駆動できることから、メモリなどへの応用が期待されています。さらに、「スキルミオン」と呼ばれる欠陥も知られています。「スキルミオン」は、元々、素粒子物理学で提唱された粒子的な性質を持つ渦状の欠陥であり、量子ホール強磁性体・ボース=アインシュタイン凝縮体・液晶・超伝導体・磁性体など様々なシステムで観測されてきました。特に、磁性体中の「スキルミオン」(図2)は、磁壁と同様に電流によって駆動し、駆動に必要な電流密度の閾値が磁壁に比べて5桁も小さくて済むことから、省エネルギーのデバイス実現へ向けた研究開発が加速しています。
一方、「ドメインウォール・スキルミオン」と呼ばれる欠陥が理論的に提唱されてきました。これは欠陥中の安定な欠陥と見なせるもので、「ドメインウォール」中に「スキルミオン」が存在、もしくは「スキルミオン」が1次元状に配列して「ドメインウォール」を構成したものを指します。「ドメインウォール・スキルミオン」は、最初に、1999年に量子ホール強磁性体において理論的に予測されました。これ以降「ドメインウォール・スキルミオン」は、量子ホール強磁性体・液晶・磁性体、類似の欠陥が超伝導体・ボース=アインシュタイン凝縮体・場の理論など様々な物理学分野において予測されてきましたが、これまで、「ドメインウォール・スキルミオン」が明確に観測されたことはありませんでした。
本研究では、名古屋大学超高圧電子顕微鏡施設のローレンツ電子顕微鏡を用いて、コバルト・亜鉛・マンガンで構成される磁性薄膜試料の磁気構造を調べました。この磁性体は、室温以上でスキルミオン三角格子(粒子的性質を反映して、ボールを敷き詰めた時のように、スキルミオンが三角格子状に規則配列した状態)が現れる物質として知られてます。また、以前に、研究グループはこの磁性体を特定の結晶方位に沿って切り出して、厚さ約100 ナノメートル注5)まで薄くした薄膜試料で「スキルミオン」の液晶構造注6)を報告しています。今回は、さらに約50ナノメートルまで薄くした薄膜試料を対象としました。図3がローレンツ電子顕微鏡像から得られた磁束密度分布像です。正味の磁気モーメントが、右方向に向いた磁区(赤色領域)と、左方向に向いた磁区(水色領域)の境界に、通常の磁壁(黒線)が見られますが、それに加えて、もう片方の磁区と磁区の境界に鎖状に配列した「スキルミオン(渦状の楕円体)」が観測されました。つまり、「スキルミオン」が磁壁の役割を担っており「ドメインウォール・スキルミオン」の存在が実証されました。また、本研究は通常の磁壁中に孤立した「スキルミオン」も観測しています。今回観測された「ドメインウォール・スキルミオン」の形成は、スピンを特定の結晶方位に向けようとする磁気異方性、磁性体の内部に作られる反磁界注7)、隣り合うスピン同士を90度に傾けようとするジャロシンスキー・守谷相互作用が組み合わさった効果よるものと考えられます。この形成機構は、これまで磁性体で予測されてきたものとは異なり、シミュレーションによって、「ドメインウォール・スキルミオン」が様々な磁性体で現れる可能性が見い出されました。
【成果の意義】
理論的に予測されてきた「ドメインウォール・スキルミオン」が実験的に実証されたことから、様々な物理学分野において進展が期待されます。また、磁性体中の「ドメインウォール・スキルミオン」は磁壁に沿って電流駆動すると考えられており、応用の面でも重要となります。電流によって駆動する「スキルミオン」はカーブした軌道を描くことが知られており(スキルミオン・ホール効果と呼ばれる)、「スキルミオン」のデバイス応用の障害の一つとされています。しかし「ドメインウォール・スキルミオン」は磁壁に沿って電流駆動することから、スキルミオン・ホール効果を抑制し、さらに、磁区を制御することで「スキルミオン」の駆動経路を設計できる可能性があります。
【用語説明】
注1)磁気モーメント:
磁力の強さと方向を表すベクトル量。
注2)磁壁:
通常、磁壁中では徐々にスピンが回転しているため、磁壁はある程度の厚さの層を形成している。磁壁はスピンの回転方向によって2種類に分類される。一つが「ブロッホ型磁壁」で、一つの磁区から隣接する磁区に移る過程で、進行方向を回転軸としてスピンが徐々に回転する。もう一つが「ネール型磁壁」で、進行方向に対して垂直方向を回転軸として、スピンが徐々に回転する。
注3)トポロジカル磁気構造:
磁石のように、スピンの向きが一方向に揃った状態とは異なり「トポロジカル磁気構造」は空間的にスピンの向きが3次元的に捻じれた磁気構造を取り、磁気構造を分類するトポロジカル数がゼロとならないものを指す。「スキルミオン」は±1の値をとる。具体的には、全てのスピンを一点に集めたとき、スピンが完全に単位球面を覆うような磁気構造体である。この値は、磁気構造を連続変形(伸ばしたり曲げたりといった操作)しても一定に保存される量であり、磁気構造体の幾何学的な制約を特徴付けている。トポロジカル磁気構造は幾何学的な制約による安定性を持ち、熱などの揺らぎに対して壊れにくいことから、電子部品への応用が期待されている。
注4):電流誘起駆動:
スキルミオンや磁壁は電流が持つスピンとの相互作用によって、電流を流すことで動かすことが出来る。一般にこれを電流誘起駆動と呼ぶ。
注5)ナノメートル:
1ナノメートルは、1ミリメートルの100万分の1の長さ。
注6)スキルミオンの液晶構造:
通常、「スキルミオン」は粒子的性質を反映して固体中の原子配列と類似する配列を示す。一方、以前に、同研究グループは液体と結晶の中間状態にある液晶と類似した「スキルミオン配列」を報告している。詳細は、以下の原著論文およびプレスリリースを参照。
● 原著論文:T. Nagase et al., Physical Review Letters 123, 137203 (2019).
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.123.137203
● プレスリリース(2019年10月2日)
https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20191002_engg1.pdf
注7)反磁界:
磁性体内部で、磁化(N極とS極に分極した状態)方向と逆向きに現れる磁界。反磁界の大きさは、磁気モーメントの大きさ、磁性体の形状や大きさに依存する。