コヒーレント超短パルス電子線発生装置と電子顕微鏡を組み合わせた “超時空間分解電子顕微鏡”の実現 ~電子顕微鏡における時間分解計測手法の確立~


 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所の桒原真人准教授らの研究グループは、ナノ秒からサブピコ秒のパルス電子線を用いて高速時間分解イメージングの開発を進めています。
 本研究では、ナノ秒以下で起きる過渡現象を電子線イメージングによる高い空間分解能で計測を可能とし、電子線照射に脆弱な高分子材料などの非破壊計測、さらにはデバイスの実動作下での挙動が詳かに解明されることが期待されます。
 この研究は、JST未来社会創造事業・「共通基盤」領域「コヒーレント超短パルス電子線発生装置を活用した超時空間分解電子顕微鏡」、および他の助成を受けています。

【ポイント】
  • 透過電子顕微鏡の高い空間分解能をそのままに、イメージングに用いる電子線を超短パルス化することで高い時間分解能を得る。
  • 他のパルス電子線発生装置に比べ、高い輝度、狭いエネルギー線幅が実現されるNEA半導体フォトカソードを使用。
  • レーザー駆動による電子線発生が、連続動作からサブピコ秒パルス動作まで連続的に使用可能な唯一の装置。
  • マルチショット計測において、時間分解ホログラフィー、時間分解エネルギー損失分光を実現。
  • 高い光電変換効率(量子効率)を有する光陰極(フォトカソード)により、様々な時間スケールの非可逆過程観察が可能。

【アプローチ】
 高い空間分解能を有する透過電子顕微鏡では、波長の短い電子線を用いることでサブナノメートル分解能での物質観察を実現しています。しかしながら、通常、この電子線は時間方向に連動なものであり、マイクロ秒以下の高速現象の瞬間を切り出すことができません。そこで、電子線を超高速に区切ったパルス状態にする必要があります。

【電子線をパルス化する】

 電子線をパルス化するには、連続電子線を高速偏向器で切り出す方法と、光電子放出を利用する電子源とパルスレーザーを組み合わせる方法の2つがあります。我々は後者の方法を用いて、ピコ秒(10-12 sec)の電子パルス生成を実現しています。
 光電子放出を用いるレーザー駆動型パルス電子源にはいくつかの種類がありますが、我々は、負の電子親和性(NEA)表面をもつ半導体を用いたユニークな電子源を使用しています。この電子源は、名大・中西彊らにより研究されてきた加速器用スピン偏極電子源を基に、電子顕微鏡用に進化させたものです。
我々は、このNEA半導体フォトカソード(NEA-PC)を用いた電子源を世界で初めて透過電子顕微鏡(TEM)に採用した装置開発に成功しました。NEA-PCはエネルギー分散幅と横方向運動量拡がりが共に小さいこと、超短パルス電子線発生が可能であることから、高度な波面制御が可能なTEMへの適応が大きなブレイクスルーを生み出すと考えられます。

【パルス電子線の明るさと干渉性、エネルギー線幅】
 このNEA-PCは、負の電子親和性(NEA:Negative Electron Affinity)表面を介して電子放出がなされ、高い量子効率(0.1%以上)とパルス駆動(cw〜ps)の両立が可能な方式です。また、高輝度かつ低エネルギー分散の電子波であることも大きな特徴となっています。さらに、90%程度に電子のスピンを揃えた電子線発生も可能です。
 このNEA-PCを用いた電子顕微鏡(30kV-スピン偏極パルスTEM(SP-TEM))により、1nm分解能TEM像取得、ピコ秒時間分解イメージングを実現しています。さらに、108A/cm2sr @30keVの高い輝度、空間コヒーレンス長が200nm以上あることを実証しました。これは、十分な空間コヒーレンスをもつスピン偏極パルス電子波を実現した結果です。
 一方、エネルギー幅は240meV以下(間接的な方法で114meV)であることを実証し、単色性を有する電界放出型電子源を越える性能を有することを明らかにしました。これによりエネルギー損失分光などにおけるエネルギー分解能の向上がされ、詳細なエネルギー構造の分析が可能になります。また、色収差低減を通した分解能の向上が期待されます。高輝度かつ極単色電子線を効率よく利用した、量子電子顕微鏡など未来の分析技術への展開も期待されます。

【時間変化を捉える】
 我々はコヒーレントパルス電子線を用いてピコ秒時間分解TEM観察を実現しました。さらに時間分解電子線ホログラフィーの実現により、試料のポテンシャルおよび電磁場の超高速時間発展を計測することが可能となります。これは、世界初の時間分解位相イメージングの実現となります。また、NEA-PCの特徴である狭いエネルギー線幅と高輝度パルス電子線を組み合わせた、ピコ秒時間分解EELSを実現し、エネルギー空間における超高速時間発展する現象を1psかつ0.3eV以下の分解能で計測を可能にしました。これを用いてプラズモンピークの高速時間応答をピコ秒分解能で捉えることに成功し、これまでにないエネルギー分解能で超高速時間分解エネルギー損失分光への展開を実現しています。

【時間分解能の向上】
 我々は、コヒーレントなピコ秒パルス電子線発生をTEMにおいて実現しました。しかし、低い加速電場のためパルス当たりの電子数が少ないため、マルチショットTEM像のピコ秒分解能に比べ、シングルショットTEM像における時間分解能は500ns以上に律速されています。また、パルス電子線を用いた時間分解計測では、レーザーパルス列の不安定性のため、数ピコ秒以下の超高速現象は光励起過程に限られています。
そこで、

  1. コヒーレントパルス電子発生装置の高性能化による高輝度・高密度パルス電子発生の実現
  2. 高時間精度同期システムの実現とそれによる高速時間分解計測の汎用化
  3. 収差補正装置によるイメージングに寄与する電子線の有効利用を進めることで解決を目指しています。
  4. さらに相補的な手法として、

  5. イメージングセンサの高感度化
  6. 画像解析技術

の導入により、電子線イメージングにおける時間の壁を突破します。
 高性能化したレーザー駆動型電子源と原子分解収差補正TEMを組み合わせた超時空間分解電子顕微鏡を世界に先駆けて実現します。

【予想される成果・波及効果】
 電子線プローブを用いる超高速時間分解測定において、従来の光励起に伴う高速現象に限らず、電気的刺激に誘発される現象や化学的反応を含む非可逆過程をナノメートルオーダーで捉え得る分析装置が創出されます。これにより、ナノデバイスの動作特性、材料中の化学反応過程、生体分子機能の解明、局所的エネルギー損失箇所の同定が可能になります。さらに、単一電子パルスTEMイメージングにより、電子線照射損傷を受けやすい生体物質のダメージレス観測への応用を内包しており、in-vitro動的観察が電子顕微鏡で可能になるかもしれません。このため、超時空間分解電子顕微鏡は、触媒や省エネルギーデバイス開発や化学合成・創薬開発の加速、生体環境下でのウィルスの動作解明や病理的解析の迅速化等に貢献することが期待されます。基礎科学的なところでは、超時空間分解電子顕微鏡に電子スピンの制御を導入により、時間分解スピン位相情報の抽出や、スピノール場による量子性を活用した新しい量子電子顕微鏡への展開も期待されます。
 我々は、革新的な分析技術の創出と応用を通して、科学的発展は元より、エネルギー問題や感染症問題の解決に寄与し、安心できる社会、豊かな未来の実現に貢献していきたいと考えています。

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